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ピエタ

あらすじ:ヴォイジャーはアウェイ・ミッションに出た1人のクルーを喪う。

RatingPG  J/CKTuT

※スタートレック・ヴォイジャーと、それに登場するキャラクターに関する著作権はパラマウント社に属します。この作品はそれを侵害しようとするものではありません。転載をご希望の場合はご相談下さい。

 

 

 この艦で誰よりもクルーのことを考えているのは、ほかならぬ艦長のキャスリン・ジェインウェイその人であった。副長のチャコティ以下150人近いクルー全員がそれを信じて疑わず、またそれが彼女の義務であるとも思っていた。中でも、クルーの健康状態は彼女の最重要事項であり、医療室から上がってくる報告は、例えそれが軽いアンタリアン風邪であっても、そのクルーのもとに向かわせた。

 

 この艦で誰よりもクルーと笑いあうことの多いのは、保安部員のエイミー・ローサ少尉であった。150人近いクルーのほとんどが彼女の笑顔を見たことがあったし、その半数は彼女の友人であった。中でも、落ち込んだクルーを慰めるのは彼女の得意とするところで、だれそれの元気がないという艦内の噂を聞きつけると、例えそれが一言も話したことのない者でも、そのクルーのもとに向かわせた。

 

 その日のミッションは、ただの調査であった。付近に知的生命体の気配はなく、その星には有益な植物も鉱物も少なかったが、長距離センサーは珍しい鉱石の反応をとらえていたため、一応シャトルが送られることになった。キャスリン自らが乗り込んだのは、このごろデスクワークばかりでたまには外に出たいと思っていたからだった。同行のクルーは「艦長は保安部員の同伴無しに艦外に出てはならない」という規定に則って、その日艦内の巡回シフトに入っていなかったローサ少尉が選ばれた。

 

ただ、それだけだった。

 ブリッジを任されたチャコティは、いつも通り艦長代理の職務をこなしていた。調査対象の星はα宇宙域へのコースから少し外れていた。シャトルとのランデブーはまだ先だ。機関部からの定時報告を読み、記録する。休まず次へ。キャスリンがいない間に、少しでも彼女の負担を少なくしてやること、それが自分にできる数少ない仕事だ。有能な艦長であるキャスリンは、時に副長など必要ないのではないかと思わせるほど、多くの仕事をこなす。それだけならまだしも、常に気品と威厳を保ち、見ている者に疲れを感じさせない。あの細い体のどこに、そんなパワーがあるのか。クルーの間では「ヴォイジャーの謎」として噂される。

 そんなことを考えていると、通信を知らせるアラームが鳴った。
「ハリー、なんだ?」

「長距離通信が入っています。音声のみですが…シャトルです」

「チャンネルオープン。艦長、どうなさいました?」

『…急なイオン嵐に遭ったの!エイミーがふしょ…ているわ!すい…エン…かない!』

いつもの冷静さを欠いて、キャスリンは叫んでいた。雑音の背後には機械が爆ぜる音が聞こえる。

『通信が…座標を送…早く来て!』

ブチッ… いやな音を立てて通信が切れた。

「ハリー!」

チャコティは振り返った。

「だめです!完全に切れています!でも、座標は受け取りました」

「トム、全速前進だ!シャトルの救助に向かうぞ!」

ブリッジは一気に不安に包まれた。

 ヴォイジャーが送られた座標に到着したとき、シャトルはかなりのダメージを受けて漂っていた。船体が強い磁気を帯びていて、生命反応が読み取れない。呼びかけても応答はなかったが、とりあえずシャトルを回収して、チャコティとトゥヴォック、数人のクルーが中へ入った。シャトルベイには他に多くのクルーが集まって、2人が救出されるのを待っていた。

 シャトルの中は煙が充満し、金属の焼ける臭いが漂っていたが、かろうじて息はできた。しかし、隔壁やパネルがそこここに散らばり、壁やコンソールからは火花が散っていた。聞こえるのはその火花の音と、ガスが抜けるシューという音だけだった。

「…艦長?」

チャコティが呼びかけてみたが、返事がない。

「艦長!」

チャコティは怖くなった。聞きたい声が聞こえない。隔壁の欠片をどかしながら、奥に目を凝らした。2つある座席の1つが、床から外れて視界を塞いでいた。が、その向こう側に、もう1つの座席がこちらを向いているのが見えた。そして…

「トゥヴォック、これを除けてくれ。艦長だ」

トゥヴォックが力を込めてアンバランスなかたまりをどかすと、かろうじて薄暗い船室の奥まで見えるようになった。

 一瞬、そこにいた全員が息を呑んだ。

 キャスリンは確かに残った座席に座っていた。後ろの窓から差し込むかすかな光に、うっすらと制服の赤が見えた。ローサ少尉は、キャスリンの膝の上にぐったりと横たわっていた。少尉の上半身を腕に抱き、顔を見つめたまま、キャスリンはピクリとも動かなかった。

 トゥヴォックは瓦礫を乗り越えて二人に近づきながら、コムバッチを叩いた。

「シャトルベイからブリッジ。医療室へ緊急転送を」

「無駄よ」

静かに、しかしきっぱりと、キャスリンは言った。

「もう冷たくなっているわ」

トゥヴォックは口を閉じ、ローサ少尉をキャスリンから受け取った。少尉の顔を見つめたまま、キャスリンは言葉を継いだ。

「ドクターに、少尉の体をきれいにしてもらってちょうだい」

トゥヴォックは微かに頷き、少尉の遺体を運び出した。入れ替わるように、チャコティがキャスリンの前に膝をついた。外では、少尉を呼ぶ声とざわめきが起きていた。

「あなたは、無事ですか」

チャコティの問いにキャスリンは答えなかった。チャコティはキャスリンの肩を抱き、体を支えてシャトルから連れ出した。

 ベイに出たチャコティは、担架で運び出されるローサ少尉へ目をやった。黄色いはずの制服が不気味な柿色に染まっていた。

「艦長!」

2人を見つけた誰かが叫んだ。ベイにいたクルーの視線が一気に注がれる。倣うようにキャスリンに目を向けたチャコティは、キャスリンの制服もまた、血染めになっているのを見た。そして、制服の腹部が斜めに裂け、そこからまだ鮮やかな血が滲んでいるのを見つけると、慌ててキャスリンを抱き上げた。

「チャコティから医療室!艦長を連れて行く!準備をしておけ!」

『了解しました』

クルーが道をあけ、チャコティとトゥヴォックが走り出した。キャスリンは、されるがままになっていた。

 シャトルはその後ほぼ壊滅状態であることが判明した。ワープドライブが爆発しなかったのは奇跡に近かった。キャスリンの怪我は多量の出血を伴っていたが、幸い内臓にまで傷が達しておらず、命に別状はなかった。ドクターは体力の回復に数日かかると言ったが、彼女は艦長として翌日の葬儀を主催した。

 ローサ少尉の友人たちがすすり泣く中、礼服のキャスリンは厳粛に、言い澱むことなく弔辞を述べた。トゥヴォックに目配せすると、星々の輝く窓へ向き直った。

「全クルー、気を付け!」

大昔から使われている小さな笛の高い音が響き、棺は宇宙へと旅立った。

 葬儀では悲しみに包まれたヴォイジャーにも、しばらくすると日常が戻ってきた。安全プロトコルが見直されたものの、あとは事故の前のヴォイジャーと変わりないように見えた。決してδ宇宙域に散った少尉を忘れたわけではなかったが、艦長が艦を率い、クルーはいつも通り忙しく働き、食堂で雑談し、あらゆるところで噂話に花を咲かせていた。

 チャコティがその日起きたちょっとした騒ぎに居合わせたのは、午前中の仕事に手まどってしまい、遅い昼食をとろうと食堂に入ったときだった。

「ちょっと待てよ!」

食堂の隅のテーブルで声を荒げていたのは、ハリー・キムだった。チャコティは、また誰かがハリーをからかっているのかと思ったが、一緒にいたベラナや2人の女性中尉たちの表情は真剣そのものだった。

「だって、誰も見てないのよ」

「いえ、みんなが見ていたのよ」

「そうとも言えるわね。とにかく、みんなが証人だわ」

…わけが分からなかった。

「おい、どうしたんだ?」

上官の登場に、女性3人は黙り込んでしまったが、ハリーがこちらを向いて言った。

「副長、聞いてくださいよ。ひどい話…」

「やめなさいよ、ハリー」

ベラナが遮った。彼女がチャコティに隠し事をするなんて、珍しいことだった。

「なんだ?俺の噂でもしてたのか?」

チャコティは少し茶化したつもりだったが、4人の表情は硬いままだった。

「副長の事じゃないけど、そんなところよ。つまらないただの噂」

ベラナがボソッと言った。

「『つまらない』じゃないだろう!」

ハリーが反論した。

「何なんだ?どんな噂だ?」

チャコティはもう一度聞いてみた。普段ならクルーの噂話を一々詮索することはしないのだが、この空気には嫌なものがあった。ベラナに狙いを定め、瞬きもせずに見つめる。ベラナは深いため息をつくと、ついに観念した。

「分かったわ、言うわよ。艦長に…関することなの。最近船中で密かに噂になってるわ…その…」

この期に及んでも、まだベラナは言い渋っていた。

「言えよ」

責めるように腕を組んで、ハリーが言った。

「黙ってなさいよ。あのね、誰も見たことがないの。艦長の…」

「艦長?艦長の何だ?」

チャコティはイライラした。

「艦長の、涙」

「何?」

涙。艦隊では普段あまり聞かない言葉だ。特に組織の長たる艦長には似つかわしくない言葉ではあるが…。一度白状してしまって勢いが付いたのか、ベラナは続きを話しだした。

「艦長がエイミーの遺体を抱いて帰艦した時も、ほとんど無表情だったって、中に入ったクルーが言ってるらしいわ。シャトルベイに出てきた時は、大勢が見てたし」

「それは、艦長自身が大怪我を負っていたからだろう?泣く体力なんてなかったんだって」

ハリーが艦長を擁護した。しかしベラナの反論を受けただけだった。

「じゃあ葬儀のときは?言葉に詰まりもしなかったわ。それに、今回だけじゃない。これまで何人かクルーが死んだけど、艦長が涙を流して泣いたのを見たことがないわ」

「宇宙艦隊の艦長だぞ!そうビービー泣いていられるかよ」

「艦長である前に人でしょう?」

「…ちょっと待て」

だんだん声が高くなってきた言い合いを、チャコティが制した。

「ベラナ、もうその噂はするな」

そして身を翻すと、早足で食堂から出て行った。ハリーはそれ見たことかと言わんばかりにベラナを睨みつけ、気まずい空気だけが残った。

 ブリッジに戻ったチャコティは、艦長席に座っていたトゥヴォックを会議室に呼び出した。

「なんでしょうか、副長」

「最近艦内で流れている噂を知っているか?」

「どの、噂でしょうか」

「どの…って、1つじゃないのか?」

「はい。ヴォイジャーでは常に複数の噂が同時進行で流れています。私が一番最近耳にしたのは『ケアリーが同じ日に3人の女性をサンドリーヌへ誘った』というものですが」

チャコティは思わず苦笑した。

「そんなゴシップまで把握しているのか?」

「私はヴォイジャーの保安部長ですから、艦内のあらゆる情報を把握しています。副長の仰っていた噂というのは、その手のものでしょうか?」

「いや、もっと深刻だ。噂の対象は艦長だ」

「『誰もジェインウェイ艦長の涙を見たことがない』ですか?」

「それだ。どうやって知った?」

「保安部の1人から聞きました。先日の事故で最初に艦長の近くへ行ったのは私ですから。そして尋ねられました。その際に艦長は泣いていたか、或いは涙を流していた痕はあったか、と」

「なんと答えた?」

「なかった、と答えました。それが事実ですから。何も問題ないと存じますが」

「いや、艦長の人格に関わることだ。彼らはクルーの死を艦長が本当に悲しんでいるのか疑っているんだ。充分問題だよ」

「私は少々評価が違います。シャトルの中で、また葬儀でも、艦長のお顔は悲しみに満ちていました。確かに涙は感情表現として明確ですが、それだけが悲しみの証拠ではありません」

チャコティは驚いた。目の前にいるバルカン人が、感情に関してこれほど的確に語ったことがあっただろうか。そしてそれは、地球人である自分も気付かなかったことだ。

「トゥヴォック、それを誰かに言ったか?」

「いいえ。これは私見ですので」

前言撤回。やはり彼はバルカン人だった。

「…詰めが甘いな」

切れ者の戦術仕官は、久しぶりに理解できない言葉を聞いたが、表情を変えなかった。

 そのころ医療室ではドクターが1つのプログラムと闘っていた。「守秘義務」―何世紀も前から医師たるものに課せられてきた。しかし、ここでこれを見過ごしてもいいのだろうか。悩むところだ。艦隊の指令プロトコルに従えば、ここでは何もしないのが一介の医療部長にはふさわしい。しかし、ヴォイジャーのクルーはただの仕事仲間ではない…友人、いや家族ではないのか。自分で直接赴けない以上、相談するしかない。

 よし、と自分に言い聞かせ、ドクターはまた新たにプログラムを超えた。

「医療室よりチャコティ副長」

『なんだ?』

「お話したいことがあるのですが、医療室までおいでいただけますか?」

 チャコティが医療室に入ると、ドクターが1人でいた。ケスかトムか、いつも誰かしら助手をつける彼が、人払いをしてここに呼ぶときは、あまりいい話ではない。

「どうしたんだ、ドクター」

「まずはご報告します。1時間後からのアルファシフトですが、艦長がお休みを取られました」

休みだと?あの、キャスリン・ジェインウェイが休みとは。チャコティはすぐには信じられなかった。しかも、自分でではなくドクターがそれを報告してくるということは…。

「理由はなんだ?」

「発熱…ということですが」

ドクターもまた、妙に歯切れが悪かった。

「わかった。おれがシフトを代わる。話というのはそのことか?」

「いえ、この話には続きがありまして。音声通信で病欠したいということでしたので、艦長のお部屋のセンサーを使って体温を測りました。しかし、特に異常はありませんでした。正常です」

「仮病だっていうのか?」

「と、いいますか。熱があるから休むということにしておいてくれと仰いまして…」

「艦長らしくないな」

「その通りです。本当に熱がおありの時でも、ハイポスプレーを作戦室に持ち込んでお仕事をなさる方が、このようなこと。医療室に来て下さいと申し上げたのですが、『寝ていれば治るから』と」

「対処しよう。報告してくれて感謝するよ」

 チャコティは医療室を出た廊下で思わず立ち止まった。悩むところだ。艦隊の指令プロトコルに従えば、ここで何もしないのが一介の副長にはふさわしい。しかし、ヴォイジャーのクルーはただの仕事仲間ではない…友人、いや家族ではないか。まして、艦長のこととなれば…。

 着いたのは、部屋ナンバー001。艦長私室。チャイムを鳴らす。返事がない。本当にただ具合が悪かっただけならどうする、余計なことかも知れないぞ、はたとそう思い直して、扉に背を向けるが…。よし、と自分に言い聞かせ、チャコティは向き直った。

 ドアのチャイムを聞いて、キャスリンは顔をあげた。困る、今は困る。

「コンピュータ、ドアの外の…人物を特定して」

「チャコティ副長です」

いくらチャコティでも、今だけは。

「だめよ。入れないで」

コンピュータがドアの外でそれを伝える音がする。申し訳ないとは思ったが、こうするしかないのだ。このまま廊下は静かになるはずだった。

 ところが、ドアはもう一つの音を発した。「緊急時対応」で、誰かが入ってくる時の警告音だ。

「ダメ!」

キャスリンは声をあげたが、遅かった。

 ドアが開くと同時に、チャコティは部屋に飛び込んだ。そして思わず、あっと声にならない声をあげた。

 キャスリンは、カウチに座ってまっすぐこちらを見上げていた、驚いた顔をして。右手はすぐ口元に添えられたが、頬に流れるそれは隠しきれなかった。

 涙、だった。

 チャコティはゆっくりとキャスリンに近づいていったが、彼の影が彼女の足元まで来たとき、キャスリンは顔を背けた。

「あなたは…いつもこうして?1人で?」

キャスリンは少し慌てたように頬をぬぐうと、震えた声で答えた。

「ええ、そうよ。だから、お願い…一人にして」

「それは、できませんね」

「艦長命令よ…」

いつもは矢のように鋭く飛んでくるその言葉が、今はこの上なく弱々しかった。チャコティはキャスリンの前に座ると顔を見上げ、クスリと笑って言った。

「従わなければ、拘束室に入れますか?そんなことをしたら、今のあなたがみんなにばれてしまいますよ」

キャスリンはどうしたらいいか分からなかった。この人は艦の中で誰よりも信頼しているけれど、これまで「艦長」として、長年の友人であるトゥヴォックにさえこんな姿は見せたことがなかった。いくらヴォイジャーのクルーが他の艦より親密だといっても、これだけは一線を設けてきた。でも…。すっかり気が弱くなっていて、また涙があふれてきた。

 ポロポロと涙を流すキャスリンは、チャコティと同世代のはずなのに、アカデミー生どころか少女のようにさえ見えた。

「誰かに、話しましたか?」

「…いいえ」

「どうして皆の自分を抑えてしまうんですか?クルーの前で泣いたっていいじゃないですか」

「艦長の涙なんて…士気が下がるわ」

チャコティは笑い出しそうになるのをこらえた。クルーは艦長の涙を「見られない」ことで士気を下げているというのに。

 彼はゆっくりとキャスリンの両手を握ると、まだ涙のこぼれ続ける目を見つめて言った。

「私たちはこの艦で共に暮らす家族ですよ。それに、『私は飾り物の副長になるつもりはありません』と言ったのを忘れましたか?あなたの悲しみを、私にも分けてください。クルーにも。一緒に涙を流して、あなたの苦しみを分けてください」

キャスリンは少し迷ったようだったが、自分が座っているカウチの隅に視線を向けた。

 視線の先には、一枚のパッドがあった。

「これは?」

「報告書よ。今日エイミーと同じ保安チームの中尉が持ってきたの」

チャコティはパッド手にとって目を落とした。

「『エイミー・ローサ 私的記録』…どうやって?」

クルーが艦で死亡した場合、勤務記録や仕事の日誌は艦長や各部の長が見られるが、個人日誌は家族しか見られないはずだ、本人の同意がない限り。

「その中尉はヴォイジャーに乗る前からエイミーと友人だったそうよ。そして、δ宇宙域に来たとき、お互いに『自分が死んだら私的記録を見てもいい』と約束したんですって」

「しかしなぜ、これをあなたに?」

途端に、キャスリンの目からまた涙が溢れ出してきた。

「…見れば、分かるわ」

そこには、あのアウェイ・ミッションに出る直前の、ローサ少尉の最後の日記が記されていた。

 ジェインウェイ艦長とシャトルに乗ることになった。上級仕官でも機関部員でもないのに、艦長と一緒にミッションだなんて!ミッション自体はそんなに大変じゃないみたいだから、シャトルで艦長と色々とお話できるかしら…。まずは、ファーストネームで呼んで下さいって言おう。友人になれるかは分からないけど、艦長はすばらしい人だもの。これを機会に親しくなれたらとてもすてきだわ。

「これは…」

持参した中尉は、きっとあの噂を耳にしたに違いない。友人の死を艦長が悲しんでないと思ったのなら、これを見せたいと思うのも理解できる。しかし、それはあてつけに近かった。

キャスリンは静かに泣きながら言った。

「まるで…アカデミー1年生の日記でしょう?でも…ミッションにでた時、彼女本当に…そう言ったの。『艦長、エイミーと呼んでくださいますか?』って…。すぐにうちとけたわ。色んなお喋りを…して。シャトルに乗りこんで30分で…友人になったのよ」

「それを聞いたら、ローサは喜びます」

「でもエイミーは死んでしまったのよ!私の…私の怪我を気にして…コンソールパネルが飛んできた時だって、私を庇って…!」

「保安部員として艦長を守ったんです。役目を果たした。立派ですよ」

「それなら艦長としてクルーを守るのが私の役目じゃない!イオン嵐なんかにやられて、しかもひとり…生き残るなんて…。シャトルも動かせず、ただエイミーの体を抱えて座っていただけ…。体がだんだん冷たく…なっていくの、この腕の中で…!何もできなかったのよ!」

そうだった。キャスリンはエイミーの最期をみとったのだ。それが彼女にとってどんなに辛いことだったか。そして今は、罪悪感にも苛まれている。チャコティはパッドを脇に置き、震える肩にそっと触れた。

「チャコティ…」

 濡れた瞳に近くで見つめられて、チャコティは思わず身を乗り出してキャスリンを抱きしめた。キャスリンは抵抗せず、そっとチャコティの制服をつかんでつぶやいた。

「ごめんなさい…」

そして、タガが外れたように声をあげて泣いた。

 キャスリンの部屋から出てきたチャコティは、ずっとブリッジをトゥヴォックに任せきりであることに気付いた。ついでに腹の虫が昼食を取っていないことも主張していた。

 ブリッジに行く途中で食堂に寄ると、ハリーとベラナが同じテーブルで話し込んでいた。

「なんだ、まだいたのか」

チャコティの声に、2人は顔をあげた。ベラナが口を開いた。

「チャコティ。あの…さっきのことだけど」

「さっきって?なんのことだ?」

わざと、しらけてみせた。

「だから、『艦長の涙』のことよ。その、悪かったと思ってるわ」

「ああ、そのことか。ベラナ、一つ報告しといてやろう」

「何なの?」

チャコティは2人に顔を近づけて、言った。

「俺が、見た」

そして、悠々とレプリケーターへ向かった。

ハリーとベラナは顔を見合わせた。                  

FIN

【あとがき】ピエタはサン・ピエトロ寺院にあるミケランジェロのピエタのイメージです。マリア様がとてもきれいで、「キリストの母」というよりは「愛するものを喪った女性」という感じです。これ関連で、「悲しみの聖母」という13世紀にできたカトリックの聖歌を、チャコティの台詞に一部反映しました。クリスマスに向けて、マリア様ネタで書いてみたのですが、まさかこんなに長くなるとは…。学生時代にあんなに苦労した8000字を軽く超えたことに、自分でも驚きです。これでも大分削ったのですが。あ、それと「泣かない艦長」というのはあくまでもこの作品の中だけで、本編の中では艦長は何回か涙を見せてます。

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