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天英院比較

 昨日放送されたNHKの「その時歴史が動いたアーカイブ ―大奥悲しみの果てに」と東映の映画「大奥」での、天英院の描かれ方を比較。

※ネタバレします。

 テレビの話題がNHKばかりになりますけど、実はNHKをよく見るんです、私。海外ドラマはもちろん、ニュースやドキュメンタリーは面白いですよね。途中にCMが入らないから、集中して見られるし。

そんなNHKの長寿番組「その時歴史が動いた」の再放送特集で、6代将軍正室天英院ひろ子(漢字がでない…)を特集した回が「大奥悲しみの果てに」でした。新聞でこの番組の予告を見たとき、これば是非見なければ、と思いました。というのも、最近映画「大奥」のDVDを買ったばかりで、ここにも天英院がいますので。見てみてびっくり。両番組の天英院はまるで別人です。

映画版「大奥」は、江島生島事件がメインなんですが、それを裏で仕掛けたのが天英院という設定。高島礼子さん演じる天英院は、他の元側室や滝川(松下由樹さんや木村多江さん、そして浅野ゆう子さん)を従えて、月光院(井川遙さん)をぐちぐちいじめ「おなごは、おなごを裏切るものにございますえ~」って、超コワー。自分だって奥に男を連れ込んでるくせに、月光院の恋を許さない。最期には、江島にちょっと優しさを見せるんですが、それでも「月光院をおとしめたいだけだった」と。年齢は、40代半ばといったところ。月光院はおとなしく弱々しい感じです。主に月光院側からの描かれ方です。

一方その歴(勝手に省略)は、天英院となる前のひろ子から紹介しています。夫が急に将軍となったので、44歳で大奥に入り御台所となりますが、大奥のしきたり(30を過ぎた女性は将軍と寝間を共にできない等々)で混乱しながら寂しい日々を過ごしたけれど、お喜世(後の月光院)たち側室には優しかった。そして6代将軍が死ぬ時もそばにいられなかった。その後態度が大きくなったのは将軍生母の月光院で、彼女が天英院をないがしろにした。江島の事件も「純愛」ではなく「月光院が招いた大奥の乱れ」という扱い。天英院は7代将軍の将来を思い、月光院に注意するけれど聞き入れてもらえない。7代将軍の急病に伴い、混乱していく大奥を引き締め、8代吉宗を擁立して幕府を救う。そして、大奥を去ってからは、夫を思って月光院ともなかよく過ごした…。と、超いい人じゃありませんか!

まー、製作が違えばこんなに違うものか、ですね。その歴が放送されたのは2006年の4月、映画が公開されたのは同年12月ですから、作られた年代による違いではありませんし…。

メディアというものはすごい、と思った今日この頃でした。

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コメント

(天英院熙子について)

私は「大奥」の歴史に興味を持って、個人的にですが天英院を主人公にした小説を書いた事がありました(笑)。
書くにあたっては「三王外記」「徳川実記」など、なるべく当時の資料を参考にして書いていたのですが、気が付いた事が一つ。
それは、当時の資料には天英院の事を悪く書いた物がほとんどないんです。
「その時歴史が~」の通り、天英院はとても温厚な人で、側室達にも親切だった事が当時の資料からもわかります。
調べたところによると、天英院が悪く描かれるようになったのは、江島や月光院が中心のドラマや小説が流行り始めた頃からだそうです。

近年では「江島生島事件」は天英院の陰謀だったのではと言われていますが、それは間違いではと思います。
確かに月光院は将軍生母となって大奥で権力を振るいましたが、天英院は先代の正室として幼い家継の「嫡母」となり、朝廷から女性としては最高の「従一位」という位を賜っています。さらに幕府は「大奥の首座は一位御方(天英院)、月光院はその次たるべし」と、天英院が大奥のトップであると認めています。
トップにいた天英院が、わざわざ江島に罠を仕掛け、月光院の権力を削る必要はなかったのではないでしょうか?

今となっては何もわかりませんが、少しでも天英院の不確かな悪評が消えてくれればと思います。
スゴく長くなってスミマセンでした(^。^;)

投稿: フランダー | 2009年1月 7日 (水) 04時07分

>フランだーさん
 初めまして、ようこそいらっしゃいました。コメントありがとうございます。
 一年近く前の記事なので、NHKのほうをよく覚えていないのですが(おい)。女の泥沼の闘いを描いた方が、ドラマが盛り上がる感じですよね。月光院が意地悪でも、天英院はやっぱり御台所だったわけですし、そっちを悪者にせざるを得なかった雰囲気が、今見ると見て取れます。
 もう一つの解釈としては、幕府の正式文章である文章に、女性では最高位にあった天英院を悪く書けなかった、ということもできますが。その場合、月光院や江島へのいじわるや罠は、暇つぶしでしょうね。
 どちらにしても、人の主観を排しきれない時代の文章しか残っていないので、想像力をかきたてられますし、色々脚色して楽しめますね。天英院じゃなくて、月光院が性悪だった、なんてドラマがあっても面白いだろうなぁ。

投稿: 浅木 | 2009年1月 8日 (木) 21時16分

古い記事だったのですね。ちゃんと確認していなかったので……本当にすみませんでしたm(_ _)m


天英院は当時、月光院と同じく本丸御殿内に居て、ある理由があって老中や外の人間に簡単に接触出来る状況になかったので、暇つぶしで事件を起こすような事はたぶん出来なかったでしょうね(^。^;)
「江島生島事件」の犯人は古参の老中達か八代将軍の座をねらっていた吉宗あたりでしょう。

月光院が悪役のドラマと映画もありましたよ。ドラマのほうはDVDも出ているので宜しければご覧になってみて下さい。

投稿: フランダー | 2009年1月 9日 (金) 03時21分

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