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抱きしめて

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あらすじ: いつも見る夢。でも今日は、なにか違う…。

※スタートレック・ヴォイジャーと、それに登場するキャラクターに関する著作権はパラマウント社に属します。この作品はそれを侵害しようとするものではありません。転載をご希望の場合はご相談下さい。

それは、もう何度も見た夢だった。ブリッジのビュースクリーンに映っているのは、青く輝く星。艦中でクルーが歓声をあげている。私は声も出せない。あぁ、帰ってきたんだ、という喜びが湧き上がってくる。艦隊の提督たちによく戻ったと言われ、艦から降りるとみんなが温かく迎えてくれる。母、妹、友人たち、そして彼。いつもあんなに落ち着きはらっていた彼が、目に涙をいっぱい溜めて駆け寄ってくる。私が彼の名前を呼ぶ間もなく、抱きしめられる。彼の香り、彼の声、彼のぬくもり―。

でも、この日は何かが違った。忘れるはずもない、マークの腕の中にいるはずなのに、いつもみたいな無条件の安心感、喜び、愛おしさが感じられない。

キャスリンははっとして起き上がった。いつもと同じように、マークに抱きしめられたところで目が覚めた。でも、いつも感じる「夢だった」という失望感ではなく、「なぜ?」という戸惑いが渦巻いていた。ベッドサイドの写真に目をやる。どうしてかしら、マークの存在を、彼の感触を、あんなにリアルに感じたのに。いつもなら、これが夢と分かっていても一瞬全てを忘れて喜びに浸るのに。あまりに何度も見すぎて、台詞を全部覚えてしまったホロノベルのように、感動が薄れてしまったのかしら。それとも…

ジェインウェイ艦長、おはようございます。午前6時です

ぐるぐる考えていると、コンピューターが目覚ましを鳴らした。キャスリンはベッドから抜け出すと、ほうと息をついて頭を振った。たかが夢よね、きっと気のせいだわ。

 ブリッジへ行くと、ほかのシフトクルーが揃っていた。全員に声をかけ、最後に艦長席へ腰掛けてチャコティの方を向く。

「おはよう副長」

「おはようございます。よく眠れました?」

「…ええ。あなたは?」

「私は変な夢を見ましたよ。昔付き合っていた女性が出てきて『あなた、変わったわ』って言うんです。私が黙ってると、泣かれましてね。夢の中なのに困ってしまって…醒めたときは、ほっとしました」

笑うブリッジクルーの声を聞きながら、キャスリンは迷った。いつもなら、自分が見た夢の話をするだろう。ましてこんな不可解な思いをしたのだから、誰かに話してしまったほうが、スッキリするかもしれない。でも…なぜか、チャコティに話すのは気が引ける。

「艦長は?」

そのチャコティに聞かれて、どきりとする。

「何?」

「夢ですよ」

「…いえ、今日は特に見た覚えがないわ」

ウソを、ついてしまった。大したことじゃないけれど…。

「そうですか」

その時、センサーが鳴り、ハリーが船の存在を感知したと報告してきて、会話は終わってしまった。キャスリンは少し胸に引っかかるものを感じながら、通信チャンネルを開けるように指示した。

 出会ったエイリアンは、友好的な商人であったので船に招待し、取引をすることにした。彼もまた、このエリアに来たばかりだと言う。ニーリックスに彼の接待を任せ、作戦室に篭ったキャスリンは、胸に残るわだかまりを忘れるかのように仕事に没頭した。その商人も船を離れ、艦内に日常が戻る。そのうち、チャコティから通信が入り、ベラナが機関室で噴火寸前だと言う。またセブンとひと悶着あったのだろう。チャコティにベラナをなだめに行ってもらう。最近は、セブンが引き起こす人間関係のトラブルも日常茶飯事になりつつある。

「セブンオブナインからジェインウェイ艦長」

そのセブンから通信だ。

「ジェインウェイよ。どうしたの?」

「すぐに天体測定ラボまで出頭されたい」

「なぜ?」

「来れば分かる」

そして通信は一方的に切れてしまった。艦長を呼び出すなんて、もう一度命令形態を説明しなきゃいけないかしら。

途中でチャコティと合流して、ラボへ入ったキャスリンは、そこでセブンが見つけたものが何なのかを聞いて、今日起こった全てのいざこざを忘れた。

 慌ててドクターを送信したあと、天体測定ラボは一瞬静寂に包まれた。キャスリンはセブンを見た。

「ちゃんと着いてる?」

「確認する術はないが、中継ステーションには残っていない様だ」

「まずは第一段階ね。…あとは待つしかないけど」

それからの艦内は、当然ながら誰もが集中力を失い、気が気ではない様子であった。仕事の効率は落ち、ミスも連発されたが、それをたしなめるのはトゥヴォックに任された。しかし実は彼もまた、時々ヴォイジャーの運命を背負ったホログラムに思いを馳せていた。家族に無事を知らせてくれただろうか。

ねっとりとまどろっこしく時間は過ぎ、それぞれが少し落ち着きを取り戻したころ、ブリッジに1つの通信が響いた。

「トレスよりブリッジへ。艦長、戻ってきました」

キャスリンはチャコティと一瞬顔を見合わせ、はじかれたようにターボリフトへ向かった。

医療室でのメッセージを聞いたあと、キャスリンはあの夢の感覚のことをすっかり忘れていた。思い出したのは、艦隊司令部からのメッセージを受信している時、チャコティが意外な事を口にしたときだ。

「苦しみが蘇った人もいるんじゃないですか。我々のことはもうあきらめていた。弔いも済ませ、慰めを見つけ、新しい暮らしを始めた…なのに生きていた。はるか彼方で、死んでるも同然で」

そのあとハリーが続けた言葉でその話はうやむやになってしまったが、キャスリンの心の中には、あの夢を見たときの不快な感覚が蘇ってきていた。そして、自分宛の手紙を受け取った時、心臓が跳ね上がるのを感じた。作戦室に入って、それがマークからだと分かった時には、しかし嬉しかった。彼は私を忘れずにいてくれたのだ。

『キャス。君が生きていると聞いて本当に驚いたけど、元気でいてくれてよかった。まず君に報告しておこう。ヴォイジャーがDS9を出発する時に、君の飼っていた犬が身籠っていると言っただろう?可愛い仔犬が5匹も産まれたよ。本当は全部僕が飼ってやりたかったけど、さすがにそこまではできなくてね。勝手ながら、知り合いや艦隊の人にあげた。そのうちの1匹と母犬は、今君の妹さんが面倒見ている。キャス…君が行方不明になったと聞いて、僕はうちのめされた。仕事も何も手につかなくて、一時は生活も荒れたよ。艦隊が君たちの捜索を打ち切ったときは、本部まで乗り込んで行ったりもした。他のクルーの家族は1人また1人と諦めて、葬儀まで出す家もあったけど、それでも僕はずっと信じていた。最後まで、誰よりも長く。でも…いつしかそれが幻想としか思えなくなってしまったんだ。君の姿が見えなくて、もがいているうちに、それに疲れてしまった。だから僕は、止まっていた時計を進めることにした。仕事に復帰し、外へ出て、人と出会い、普通の生活に戻ろうと努めた。そして、ある女性と知り合ったんだ』

キャスリンはそこまで読んで顔をあげた。すぐに先を読む勇気はなかった。時計を進める…過去を忘れて。

予知夢というものがあるのだろうかと、科学の人であるキャスリンは不思議に思っていたが、今はその存在を確信していた。あの夢は、あの感覚は、このことを暗示していたのだろう。もう、彼の腕に抱かれることはないのだ。

心のどこかで分かっていたこと。彼がいつまでも待ってくれているわけはないと。でも心の大部分では期待していた。彼はまだ私を愛して、待っていてくれていると。自分の手元に届いた手紙が、母からでも妹からでもなく、彼からだったのは「今でも君を愛している。早く会いたい」という言葉を伝えるためだからだと思った。でも、私はもう過去の女。その時、ふとパッドに目がいった。なんの心積もりも覚悟もできていない、無意識の行為だったが、この機を逃したら続きは読めない気がした。

『そして、ある女性と知り合ったんだ。僕が仕事に復帰してすぐ、同じ職場に赴任してきた人でね。立ち直ろうとする僕を支えてくれた。4ヶ月前に、彼女と結婚した。今は、幸せだよ。キャス、君ももう僕のことなど気にせずに、新しい人と幸せになってほしい。僕が君の幸せを妨げる枷になっていないといいが…。それだけが心配だよ。 無事の帰還を祈っている』

一気に読んでしまって、全身から力が抜けた。ソファに身を預けて、キャスリンは少し馬鹿馬鹿しくなってしまった。何をしていたのだろう、私は…。マークに操を立てて、あれほど心を揺さぶられたチャコティの告白にも目をつぶり、信頼できる同僚としての関係を築いた。ヴォイジャーの中でいずれみんながカップルになると話した時やQの的外れなアプローチがあった時の、チャコティの態度は明白だったし、時々ブリッジで感じる痛いほどの視線にも。マークの心配は見事的中していたのだ。しかも彼は、長年付き合った私ではなく、出会ってすぐの女性と結婚までした。私は彼の妻になることを、もう心に決めていたのに。怖かったのだろうか、このδ宇宙域で他の男性と親密になることが。ソファから起き上がったキャスリンは、部屋を見渡して、デスクへと近づいた。回り込んで、椅子に腰掛けた時、やりかけだったデータの処理が表示された画面が目に入った。もう私には、艦長としての仕事しか残っていないのだろうか。この宇宙で独りになってしまったような、心細い気持ちがしたが、キャスリンはただそこに座っていることしかできなかった。

作戦室にセブンが入ってきたときは、なんとかシャトルでのミッションを指示した。彼女が出て行ってから、急に焦りが沸いてきた。これではいけない。個人的なことで、艦長としての仕事をおろそかにしては。なんとか自分を取り戻そう。

「コンピューター。コーヒー、ブラックで。いつもより濃い目に入れて頂戴」

レプリケーターに現れたポッドとカップを手にして、座る前に注ぐ。ソファに腰かけ1杯、2杯と飲んでいくと、少しだけ感覚がもどったように思えた。

しかし、チャコティに手紙のことを聞かれた時は、思わず崩れそうになった。手紙の内容を口に出してしまうと、また自分の中身が引っ張り出されたような、いやな感覚になった。

 自分の感情を全て頭の奥に押し込めて、ヒロージェンとの戦闘を終え、天体測定ラボで1人になったとき、キャスリンはまたがっかりしなければならなかった。中継ステーションが使えなくなって、もう艦隊とは連絡が取れない。クルーはがっかりするだろう。一方でキャスリンは、心の奥で少しだけホッとしている自分に気付いた。時間ができたのだ、このショックを癒す…。

作戦室にチャコティが来た時は、やっぱり、と思った。この人は、苦しんでいる人をほっとけないのだ。でも、彼が差し出してくれた腕には、素直に手をかけることができた。そして、笑顔になれた。不思議な感覚だった。「ジョンへの手紙」をもらったばかりだというのに。

 ニーリックスお得意のパーティは、即席でも充分盛り上がった。なにせ4年ぶりに家族から連絡が来たのだ。ハリーのはしゃぎ様はこちらが恥ずかしくなるほどで、キャスリンもチャコティも大いに笑った。ベラナだけはいつもよりおとなしい気もしたが、トムが片時も離れずに側にいたので、チャコティはキャスリンだけを気にしていればよかった。いつもなら抑えるアルコールもついつい進んで、パーティが終わるころ、キャスリンは軽くふらついてしまうほどになっていた。

「副長」

クルーが三々五々に散ったあと、ニーリックスがチャコティに声をかけた。

「なんだ?」

「どうでした、パーティは」

「ああ、お陰で楽しかったよ」

「艦長は?」

「ん?」

チャコティは食堂を見回した。キャスリンは、薄暗くなった食堂の隅の席で、まだグラスを傾けていた。

「あちゃー、すっかり出来上がっちまってますね」

「まぁ、たまにはいいさ」

「そうっすね」

「今日はニーリックスも大活躍だったな。幸せの配達人に、パーティのホストか」

「これが性分ですから。みんなが笑ってないとヤなんす。今日はトレスが元気なかったすね。怒らせると怖いけど、パーティは目いっぱい楽しんでくれるはずなんだけどな」

チャコティは少し迷ったが、この気のいいムードメーカーに本当のことを話すことにした。

「それは、無理かも知れんな…今日は。実はな、俺のところに来た手紙、マキの仲間からだったんだ。マキはもうない。ほとんどの仲間がカーデシアに殺され、残った仲間も捕まった。壊滅したんだ。ベラナにとって…俺にとってもだが、本当の家族のようなものだったから、ショックがでかいんだろう」

ニーリックスは心底驚くと同時に、それでも笑顔を浮かべていたベラナや、笑い声を上げていたチャコティを尊敬さえした。彼らは、例えようもない胸の痛みに耐えていたのだ。闘いで家族を喪う…それはニーリックスも経験しており、彼はそれを思い出すだけで顔から笑みが消えるというのに。ニーリックスは、沈痛な面持ちのチャコティの方に手を置いたが、あまり言うことは見つからなかった。

「副長…なんにも知らなくて…俺…」

チャコティは顔をあげて、自分の話が目の前の男に与えた影響を知った。

「すまんニーリックス。ベラナはトムがいるから大丈夫だろう。俺も大丈夫だ。他のマキ出身のクルーには、いずれ話すから、今は黙っててくれな」

「分かりました」

チャコティは参ったというように、頭を掻いた。

「パーティの終りが湿っぽくなっちまったな」

「そろそろ片付けますから」

「そうか」

ニーリックスは、チャコティにも誰か側にいて欲しいと思った。

「副長には、1つ頼んでいいっすか」

「なんだ?」

ニーリックスはニーっと笑って、部屋の隅を指差した。

「あの酔っ払いさんを、部屋までお送りして差し上げて下さい。これは副長にしか、頼めないっす」

チャコティは、キャスリンを見つめて、上の空で答えた。

「分かった…」

「じゃ、お願いしますよ。おやすみなさい」

もう最後の言葉は、チャコティの耳に入ってなかった。部屋の隅へ行くと、半分寝ているキャスリンが手だけでグラスをゆらゆら揺らしていた。

「キャスリン」

チャコティが声を掛けても、キャスリンはゆらゆらをやめない。それを通して、窓の外の宇宙を見ていた。

「キャスリン、部屋へ帰りましょう。送りますよ」

チャコティはそっとグラスを取り上げ、脇へ置くと、キャスリンの肩を抱いて支え、歩き始めた。食堂を出て行く2人を、ニーリックスは満足そうに見ていた。

 部屋へ着いたとき、キャスリンはソファに寝転がってしまった。これでは風邪をひくか、良くて首を寝違えるだろう。

「キャスリン、ベッドで寝てください」

キャスリンはなにやら愚図るだけで、一向に起き上がろうとしない。仕方がないな、チャコティはキャスリンの腕を自分の首にかけ、膝を抱えて抱き上げた。

 フワッと自分の体か浮くのを感じて、キャスリンは触れていたものにしがみついた。そのあと、ベッドに置かれたような気がしたが、まだそれに捕まっていたかった。暖かくて、気持ちが良かった。

バランスを崩したチャコティは思わずキャスリンを抱きしめてしまった。滅多に触れることのない髪が、指に絡んだ。

その瞬間、キャスリンはあの感じを味わった。以前あの夢を見たときの、無条件の安心感、喜び、愛おしさ…。自分がしがみついているのが、マークではないと分かっていたが、この存在は自分にとってもっと大切なものだ、そう思った。

「キャスリン…」

チャコティはすっかり困って呟いた。それに倣うかの様に、キャスリンも声を出した。

「まだ…ここにいて」

真面目な副長は、艦長のこの言葉にうろたえた。しかし他にしようもなく、ゆっくりベッドに腰を据えると、改めてキャスリンを抱きしめた。

キャスリンは、安らぎの中で夢へとおちていった。

FIN

【あとがき】 見てお分かりになると思いますが、この話は「プロメテウス~」と「宇宙の闇に~」の(ここはどうだっただろう)というところを(私の妄想で)埋めたいと思って書きました。前後を全く考えていなかったのですが、よく見てみると「プロメテウス」のひとつ前が「夢を呼ぶ夢」なんですよね。やっちゃいました。夢の受け取り方はもう少し違うでしょうし、ブリッジでこんな風に話さないかもしれません。しかしま、この話はこのタイミングでしか埋め込めないので、ご容赦ください。前回2作がチャコティ目線だったので、なんとかキャスリン目線で書きたかったのですが、結局チャコティが紛れ込んでいます(笑)。

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