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Leiの花咲くころ・前

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あらすじ: ヴォイジャーが地球に帰還した夏。キャスリンとチャコティは…。

※スタートレック・ヴォイジャーと、それに登場するキャラクターに関する著作権はパラマウント社に属します。この作品はそれを侵害しようとするものではありません。転載をご希望の場合はご相談下さい。

 「レイって、恋の花が開くことを象徴してるんっすよ!」

首に掛けられたブルーの花輪を見て、陽気なムードメーカーの言葉を思い出す。そしてまたため息が出る。あれから…もう5年か。その感触は今でもこの腕に感じることができる。滑らかな肌が、自分の腕に絡みついてくる、あの熱帯夜の感触。

 今思えば、あの頃が一番幸せだったかもしれない。ケイゾンの攻撃はすでに無く、ボーグの脅威に晒されていなかった、あの頃。2人で肩を並べ、同じ物を見た。2人の関係は、ただの上官と部下ではなく、友人や家族という言葉だけでも言い尽くせない、華やかなそして穏やかなものだった。

「チャコティ中佐?」

思わず物思いにふけっていたチャコティは、部下でもある友人たちに声をかけられて我に返った。

「どうかなさったんすか?」

「いや、ちょっとな。すまん」

「陽気に行きましょうや!せっかくのリゾートなんですよ!」

「そうだな」

若い彼らは、そこら中に広がるトロピカルな香りに舞い上がっている。中でも、普段からクルーの笑い声を食べて生きているようなロバート・ネイサン少尉は、あのタラクシア人を彷彿とさせるようなはしゃぎようだ。

 チャコティが彼らのバケーションに誘われるままに付いてきたのは、行き先がこの南国リゾートだと聞いたからだった。傍から見れば、自分は保護者にも見えるだろうか。浮いているのは分かっているが、1カ月もの休暇を独りで過ごすのは耐えられなかった。

彼のそばにいた筈の若い女性は、自分を取り巻く環境の変化に、今のこの若い士官たちのように舞いあがった。そして、体を変えてまで示した彼への愛情は、燃え上がったときと同じようにあっさり冷めたのだ。そうなると不思議なもので、あれは果たして恋愛だったのかとさえ思えてくる。心の成長が子供のままだったあの若い女性は、恋に恋していただけだったのではないか、そんなことも分からなかったのだろうか、いい歳をして。

自己嫌悪だけでなく、チャコティは失恋と同時によみがえった別の感情にも苦しんでいた。自分で手放したものだが、どうしてそうしたのかと後悔に苛まれていた。あのまま、ゆっくりキャスリンのそばに付いていればよかったではないか。

 笑みを顔に張り付けながら、親子ほども年の離れた少尉たちと食事をし、借りたコテージに向かう。浜辺へ抜ける道が開けた途端、3人はティーンエージャーのように荷物を放り出して走っていった。夕日が海に沈む、弓なりの美しいビーチまで何歩もない大きなそれは、隣のコテージが少し近くにあるだけで他のものからは距離がとってある。今や顔の知らない人のいないチャコティでものんびりできるようにと、仕切り屋エリザベト・プロイセン少尉の配慮だろう。ついでに言うなら、このバケーションにチャコティを誘うよう、恋人のグレッグ・クーラー少尉をけしかけたのも彼女だ。幼馴染でもある3人の、毎年恒例の夏休み。新たに上官となったばかりのチャコティのプライベートがその充実感を無くしたのは、彼らから見ても明らかだったのだ。そして、彼らからの同情に甘えて、ここまで来たというわけだ。

かがり火が燃える白い階段、浜辺に向かって並ぶテーブルやビーチチェアー。それらは全て、あの頃のホロデッキを思い出すのに十分な代物だった。これでは逆効果だろう。チャコティは、そっと右腕に手をやった。

「中佐!」

もう海に入って遊ぶ少尉たちが手を振っている。彼らが投げだした荷物のそばへボストンバッグを置いて、とりあえず浜辺に出ることにした。

 つい、あの日と同じようなワンピースを選んでしまった。緑と白を基調とした、いかにもこの南国のビーチに相応しい模様。しかしあの時とは違う、肩口のあるワンピース。隣の椅子に掛けられたピンクのレイに目をやったキャスリンは、前回それをかけた時を思い出していた。あの時隣には、空の椅子ではなく薄いブルーのラフな服装をした男性がいた。

 あの頃は、あのまま時がずっと続くと思っていた。クルーには「少しでも早く帰る」と毎日のように言っていたが、実際問題として旅は何十年にも及ぶと予想していた。あの時腕を絡ませた男性は、彼と一緒に笑顔を向けたクルーたちは、自分の側にずっといると思っていた。まさかあれから5年後の夏、はるか彼方にあった故郷のビーチでたった一人だなんて…思ってもみなかった。

 7年ぶりの帰還に伴う、嵐のような半年が終わったとき、キャスリンは改めて2人のクルーのことを考えずにはいられなかった。7年間いつも自分の隣にいて、ことあるごとに見あげてきた男性の顔と、彼の数少ない反対を押し切ってクルーに迎え、その心を導こうと必死になった女性。2人のもう無くなった悲劇的な未来を聞かされた時、ショックが無かったわけではない。でもそんなことより、新しい未来での2人の幸せを願った…はずだった。

 久しぶりなんだから、と言う母と妹の元を出てわざわざ1人になったのは、世間の騒ぎと艦隊のお偉方に向けた愛想笑いが顔に張り付いて取れなくなりそうだったのもあるが、ふっと浮き出てくるこの醜い感情にケリをつけるためだ。一人の女として、これだけは他人にも仕事仲間にも、友人にも家族にも見せたくない…未練。

 静かだと思っていたコテージの前に広がる浜辺に、騒がしい声を立てて若者が走ってきた。バシャバシャと波を掛け合う彼らの声に、聞こえるはずもない自分の心の声が聞かれそうで、キャスリンはさっとコテージの中へ入って行った。

 夕日がオレンジから紫に変わり、それが暗闇のなかに紫紺の色合いを残すだけとなった頃、チャコティはカクテルグラスを持って早々と2階のベッドルームへ上がった。若い士官たちには前日まで仕事があったと言い、海に面したこの部屋をもらった。窓を開けて黙っていると、波の音に紛れてデッキに出た彼らの話声が聞こえた。

「やっぱ、まずかったかな」

「そんなことないわよ。嫌ならお断りになるわ」

「でもさ、なんかイマイチ弾けてない感じだよな」

「ボブ、中佐はあんたと違って大人の男性なのよ?私たちみたいにアカデミー気分でバカ騒ぎするような旅の仕方はなさらないでしょう」

「リジーはすっかり中佐のファンだな」

「あら、いけない?」

「恋人としては、妬けるよ」

「愛してるのは、グレッグだけよ」

「おいおい、ここにもう一人いるのを忘れんな」

「いいじゃないの、さすがに初日から中佐の前でいちゃつくのはどうかと思って遠慮してたんだから」

「ちょっと待て、じゃこのまま君は友達みたいな感じでいくのかい?」

「いいえ、明日からは遠慮なくいちゃつかせてもらうつもり」

無邪気ともいえる笑い声を聞きながら窓辺に立っていたチャコティは、誰かが浜を散歩している姿に目を留めた。女性のようだが、星明かりだけではそれしか分からない。その像がすっと霞んできたのに気づいた彼は、知らず知らずに疲れていた身をベッドに横たえた。

 まだ少し熱を残した砂が裸足の足に気持ちいい。あの夜も、こうして裸足になって砂浜を歩いた。なぜかハリーは帰ってしまったが、トムとベラナ、ケスとニーリックス(後になって、このときはもうカップルではなかったと聞いたが)それに自分たち…。楽しいお喋りに、ニーリックスのハワイアン料理、ゆらゆらと揺れるような音楽。そんな賑やかな時が終わった後、チャコティと2人で。他愛もない会話もすぐに尽き、波の音だけがその空間を包んでも、それは心地いいリズムと沈黙だった。クルーがほとんど引き揚げたのをいいことに、2人の体で隠した腕と指を絡ませていた。あの時のぬくもりは、今でもキャスリンの手にありありと蘇ってくる。もう失ってしまったものの抜け殻。

 キャスリンの物悲しい目的のための一人旅は、今や徒労に終わることが目に見えていた。行く先を決めずにフラッと出たまでは良かったが、気がつけばLake Georgeにいたし、慌ててそこを出たら緑の木々が生い茂る森の端に立っていて、今度はここだ。この調子だと、次はロスのサンゴ礁に潜るわね…。デッキに上がったキャスリンは、隣のコテージでグラスを交わす若者たちの笑い声に耳を傾け、夜風に吹かれながら海を見つめていた。

 チャコティが起きたのは昼近くになってからだった。寝すぎてかえって重くなってしまった頭を抱えて階下へ降りると、若者たちは賑やかに昼食の準備に取り掛かっていて、プロイセン少尉は自分に向かって歩いてくるところだった。

「あ、おはようございます中佐。今お部屋に伺おうかと思っていたんです」

「おはよう少尉」

「よくお休みでしたね」

「ああ。年くったよ」

「はい?」

「君もあと20年したら分かるさ」

訳も分からず笑う若者たちとの食事は、まるで8年前の食堂を思い出す。まだ血の気の多かった自分に近寄ってくるのは、こんな爽やかな艦隊士官ではなかったが。

「そういえば中佐、隣のコテージにいる人見ました?」

「隣?昨日の夜散歩してた女性か?」

「そうです」

「上からちらっと見えたけど、よくは見なかったよ。昨日は月が出てなかったし」

「僕らも顔までは見えなかったんです。向こうは部屋の明かりも付けずに僕らが引き揚げるまでずっとデッキに座ってました」

「ミステリアスって感じっすよね。女の一人旅、そそるなぁ~」

「何だかちょっと罪悪感覚えちゃうわ」

「なんでさ?」

「だってあれはどう見ても傷心旅行でしょう?こっちは3人の男性に囲まれてるって言うのに」

「いい男3人に、だろ」

「ボブは除外よ」

「あ、ひでー!」

リズムよく交わされる軽口に、心の隅で自分だってある意味傷心旅行だと思いながらも、今日は自然な笑顔が出てくる。

「あ!ほら!あの人ですよ!」

チャコティの向かいにいたクーラーが声を落として目だけで外を見た。ならって浜辺に向かう人物の後ろ姿を見たチャコティは、持っていたフォークを落としそうになった。松明の揺れる5年前のホロデッキで見たのと同じ白と緑のワンピースに、抑えた金褐色の髪が落ちている。その長さは、肩より5センチもない。手には、ピンク色のレイ。

「後で声掛けてみませんか?」

「…中佐?」

唖然として女性の後ろ姿を見つめていたチャコティを、少尉たちは不思議そうな顔をして見ていた。

「あっ…なんだって?」

「あの人ですよ。ランチが終わったら誘ってみませんか?」

「やめときなさいよ、鬱陶しがられるだけだから。ねぇ中佐?」

罪悪感を覚えると言っておきながら、プロイセンは他の女性がこの輪に加わるのが気に入らないようだ。

「さぁ、どうかな」

わざとからかう様に笑って見せたチャコティは、浜辺にいる女性をもう見られなかった。後ろ姿を見ただけで、こんなに胸の真ん中が痛むのだから。食事時にはよくない。それに、あの女性がキャスリンであろうはずもない。自分と違って家族があるのだから、帰還して最初の夏は生まれ故郷で過ごしているだろう。それにしても、良く似ていた。

 吸い込まれそうな海も、迫りくるような空も、この痛いほどの想いを洗い流してはくれない。もうそれは、キャスリンの心そのものと一体化してしまっている。何度となく直面した命の危機に必ず自分を支えてくれた彼の存在は、7年の間にキャスリンを変えてしまった。クルーが自分についてきてくれるか確かめた時も、婚約者をふたたび失ったという知らせを受けたその日も、父に化けたあの異星人に取りつかれた後も、艦長として1人で乗り越えなければならない機密司令に出会ってしまった時も、暗闇のなか艦長室に引きこもってしまった時も、船や彼のことを忘れてしまった時さえ、彼は寄り添ってキャスリンの孤独を防いでくれた。ヴォイジャーに乗るまではいつでも1人で艦を仕切ることができたのに、今では…。

 脱いだサンダルを手に、波へ足先をつけてふと思う。こうやって1人になることで、チャコティが目の前に現れてくれはしないかと、どこかで期待していたのではないだろうか?

「ふ…お笑いだわね」

呟く…応える人はいない。それでも、言葉は手を当てた口をついて続く。

「あなたがいない一日なんて、考えられないわ…」

もう、帰ろうかしら。

 見れば見るほど、キャスリンにしか見えなくなってくる。角度を変えればあるいは、と思い寝室に戻って上から波打ち際に立つ女性を見つめたチャコティは、胸の痛みを堪えられなくなってきていた。俺は幻覚を見ているのか?よく見ろ、本当は全くの別人じゃないか?ガラスに息がかかるほど近づいたチャコティは、その女性がふっとレイを持った手を顔へ持っていくのを見た。泣いている…ように見えた。

 階下では、食事が終わるなり片付けもしないで再び寝室に戻ってしまったチャコティを見て、少尉たちはだんだん心配になってきた。

「リジー、お前が傷心旅行だなんて言うから」

「別に中佐のこと言ったわけじゃないわよ」

「でも禁句だよ」

「中佐はもう大人よ。そんな初めての失恋じゃあるまいし…」

「男はお前が思ってるより繊細なんだ。あのボーグのことだ、よっぽどきついふり方したんだろうよ」

プロイセンは、なんだか自分たちがチンプンカンプンなことを話してるような気がした。それにあの人、どこかで見た気もする。

「さっきの人…セブンオブナインに似てたのかしら?思い出しちゃったとか?」

「えー?ニュースで見たけど、もっと薄い色の髪じゃなかったか?」

「染めれば色は変わるわ」

「もっと背が高かったぜ」

「映像で見るのと実物とは差が出るんじゃない?」

「あのボーグがあんな服着るか?」

「そりゃ女だもの。もうドローンじゃないって話しだし」

「う…。インプラントだ!手にインプラントが無かった!」

「艦隊の医療部は優秀よ…」

3人は顔を見合わせた。まずいことになったかもしれない。失恋を忘れてもらおうとこの旅に誘ったのに、ここで偶然でもその元凶に会ったのでは傷口に塩を塗るようなもんだ。昨日は一人だと思ったが、万一別の男と一緒だったら、目も当てられない。

「どう…する?」

その時、3人は大きな音を立てて2階から駆け降りてくるチャコティを見た。いつも穏やかで余裕の表情を見せている彼が、真剣な顔でデッキへ出て行く。慌てて後を追った3人は、海からサンダルとピンクのレイを手に向かってくる女性を見て、少尉たちはあっ!と声を上げた。

「ジェインウェイ大佐…」

                    …後編へ続く

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